気候変動、資源エネルギー問題、社会インフラの維持管理、技術システム設計やイノベーション創出にいたるまで、現代社会の多くの問題は、世代を超えた長期的課題あるいは世代間問題と言えます。これら「将来世代」に関わる課題に対処するためには、将来世代を考慮した「持続可能な意思決定や行動」を生み出す必要があります。現世代と将来世代の双方の利益を考慮し、将来世代に持続可能社会を引き継ぐための新たな社会の仕組みや社会システムのデザインが求められる所以です。
2012年から、大阪大学の研究会に参加するメンバーによってコンセプトの議論がスタートしたフューチャー・デザインは、将来世代に持続可能社会を引き継ぐための社会の仕組み・社会システムのデザインとその応用実践を研究対象としています。既往研究からは、新たな仕組みをデザインし社会に導入することで、将来に対する配慮や持続可能な意思決定を生み出しうること、またその結果、社会ビジョンの合意形成や技術システムのデザインのあり方がシフトしうることが明らかになっています。
フューチャー・デザインの初めての社会実践はJST戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)プロジェクト企画調査(代表:原圭史郎)の一環で、2015年度に岩手県矢巾町で実施されました (矢巾町でフューチャー・デザインが導入されるに至った経緯やきっかけについてはこちらの資料から御覧になれます)。この実践で、将来世代の視点から現在を考察する「仮想将来世代」という新たな仕組みの導入が、世代間利害対立を乗り越えた持続可能な意思決定や合意形成の実現に有効であることがわかりました(文献1)。この初の社会実験の後、フューチャー・デザインの応用研究や実践が広がりました。続く2017年の同町での公共施設管理をテーマとした実践でも、仮想将来世代の仕組みを導入することにより、将来世代や他者への「共感」を基盤とした政策デザインが可能となることが示されました(文献2)。なお、以上の2文献は、Nature誌のFuture Generations特集に掲載されているFehr-Duda H & Fehr Eによる論文の"Further Reading"としてもリストされています。これらの「仮想将来世代」の考え方を応用した社会的意思決定の実践は Washington Post誌の記事やForeign Affairs誌、また BBC Newsの記事などでも取り上げられています。
当研究室では、技術シーズや工学的知見に加え、社会科学(社会心理学、経済学等)等の学術領域を組み合わせ、1)フューチャー・デザイン理論の深化と持続可能社会形成のための社会技術の開拓、2)フューチャー・デザインの方法論を応用した実践と実課題解決、を相互に連動させた研究を進めます。フューチャー・デザイン実践については、自治体や政府、産業界との連携や共創をベースに行っており、実践例としては、2050年脱炭素社会ビジョンと政策デザイン(京都市・吹田市)、働き方改革・人材育成(経済産業省)、環境基本計画(吹田市)、地方創成プラン・公共施設管理・総合計画策定(矢巾町)、研究開発(R&D)戦略(産業界)、技術イノベーション(産業界・学界)、水道インフラ維持管理(吹田市)・水環境問題(ホーチミン市)、人材育成(教育)・研修(大学・高校、自治体、産業界)などがあります。これらのフューチャーデザイン実践事例についてはこちらのページから御覧になれます。
ビジネスエンジニアリング専攻 原研究室(フューチャー・デザイン領域)の紹介についてはこちらも御覧ください。なお、研究室の活動は、阪大工学研究科テクノアリーナ「原フューチャー・デザイン革新拠点」と連携して運営していきます。
これまでの既存研究や知見を踏まえつつ、将来世代を考慮した持続可能な意思決定や行動を導くための方法論や詳細メカニズムの解明、世代間合意形成のための手法開拓を進めていきます。その上で時間軸を含む持続可能性の観点からの最適な意思決定のあり様を定式化し、現世代と将来世代双方の利益を踏まえた社会移行プロセスのデザインに資する学理を発展させていきます。
最終的には「将来」の概念を明示的に取り込んだ、新たな社会工学の基盤構築と、社会技術としての汎用的なフューチャー・デザイン手法の確立を検討します。
上記1で開拓される理論や方法論を実課題に応用し、産学官共創によるビジョン形成や社会移行プロセスの設計、フューチャー・デザインによって導かれる、新たなイノベーションモデルの整理や体系化を進め、持続可能社会を支える社会・技術システムのデザインに資する研究を行います。
実践領域・テーマとしては、例えば以下のA)-C)があります。なお、これらのテーマは一例であり、資源エネルギー問題、まちづくり、教育、産業イノベーションなど様々なテーマや課題領域を広く扱います。
A)カーボンニュートラル社会への移行プロセスデザイン
フューチャー・デザインの方法論を踏まえ、EV(電気自動車)とPV(太陽光発電)などの分散電源や、バイオマス利用などの諸技術シーズを都市システムへ導入していくシナリオを基に、2050年カーボンニュートラル社会像を導出します。これらの技術を都市システムに導入する上での社会・経済的、制度的課題を明らかにするとともに、未来への社会移行プロセスを自治体や住民、産業界の合意形成を通じてデザインしていきます。技術経済性分析、モデリングやシミュレーション等の情報も活用しながら、「仮想将来世代」と現世代の合意形成プロセスを参加型社会実験で再現し、最適な社会移行プロセスおよびその過程で導入すべき施策や技術の優先順位を明らかにしていきます。
京都市職員による「脱炭素社会形成」をテーマとしたFD実践
吹田市職員による「環境基本計画」をテーマとした政策立案のFD実践
B)レジリエントな社会インフラのビジョン構築と維持管理モデルの提示
フューチャー・デザインを応用し、基幹インフラである上下水道や公共施設を対象に、災害等の突発性イベントや人口減少などの進行性ストレスに対応しうる、持続可能なインフラ維持管理のビジョンやモデルを提示していきます。「仮想将来世代」の概念を応用した合意形成プロセスを導入し、脆弱性やインフラの社会的な機能、将来世代の利益等といった諸要素を総合的に反映したアセスメント手法を開拓し、他自治体にも活用できる汎用的なプロトタイプを構築します。また、このような手法を継続的に行政応用していくための制度設計や仕組み作りも行政と連携して進めます。
矢巾町における「地方創生プラン」をテーマとしたFD実践
ホーチミン市での「水インフラ・環境問題」をテーマとしたFD実践
C)産業技術イノベーションのデザイン
フューチャー・デザインを産業界の技術開発・研究開発戦略や経営戦略に応用し、「将来」の視点を導入することによって導きうる、新たなイノベーションの方向性を提示していきます。産業界と連携した実験・実践を通じて、産業技術イノベーションを創出するための新たな方法論の開拓を進めます。
企業・産業界におけるFDの応用と実践の様子(研究開発戦略への応用)