当研究チームは、フューチャー・デザインの初の社会実践(岩手県矢巾町との連携により2015年度に実施)をはじめ、フューチャー・デザイン研究および実践を先導してきました。本サイトでは、自治体や政府、産業界や高等教育(大学・大学院、高校等)におけるフューチャー・デザインに関する「25の実践事例」を紹介します。大阪大学で設置された研究会「七世代ビジョンプロジェクト」で2012年から始まったフューチャー・デザインの研究構想以来、内外で様々な研究が進み、また、これまで公共政策分野、産業分野などで、フューチャー・デザインの実践や導入が進んでいます。
本サイトでは特に、現世代と将来世代の双方の利益や幸福を考慮し、持続可能な意思決定を導く上での有効性が示されてきた「仮想将来世代」を導入した代表的な実践事例を紹介します(議論テーマ、実施の主体、参考文献を記載しています。実践事例は随時アップデートします)。なお、これらには、研究拠点の設置前にメンバーが携わった事例や、他大学・研究機関と共に実施した事例も含みます。
また、こちらのサイトでは、これまでの研究・実践に基づいて、フューチャー・デザイン実践の基本ステップや条件を簡潔に記載して公開しています。
━━ Case:01
岩手県矢巾町/2015年度
本事例は、フューチャー・デザインの主要な仕組みである「仮想将来世代」を初めて社会的意思決定に応用した実践例です。仮想将来世代の導入条件や方法開拓を含めて、フューチャー・デザインの構想と研究を進めていた大阪大学環境イノベーションデザインセンター(当時)と矢巾町との共同研究協定の下、JST戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)プロジェクト企画調査(代表:原圭史郎)のサポートも得て実施されました。
本実践では、参加町民が、そのままの年齢で2060年にタイムトラベルした状況を想定し、2060年の町民になりきって意思決定や考察を行う「仮想将来世代」グループと、現在から将来を考察する「現世代」グループとに分かれ、最初は別個に地方創生プランの施策を検討し、最後に両世代グループがペアとなって合意形成・交渉を行いました。この実践からは仮想将来世代グループの意思決定の基準や優先順位は現世代グループのそれと異なり(例:仮想将来世代グループは、複雑で時間のかかる課題にこそ優先的に取り組もうとする傾向)、また、社会変革のインセンティブが現世代グループと比較しても高いこと等が明らかにりました。本事例は、「仮想将来世代」の仕組み導入が、人々の意思決定や社会的合意形成に有する効果を初めて明らかにした実践です。方法論含めて、その後に続くフューチャー・デザイン実践のベースとなっています。またこの実践例は、国内のメディアはもとより、BBCやWashington Post 誌などの海外紙の記事にも取り上げられています。この後に続く様々な実践や研究からも、仮想将来世代の仕組みを導入することで、持続可能性を考慮した建設的な議論や意思決定が導かれる可能性が示されています。
なお、矢巾町ではその後もフューチャー・デザインの実践が進み、2019年には政策立案におけるフューチャー・デザインを実践するための「未来戦略室(現在は未来戦略課)」が設置されました。将来世代視点からの行政計画や政策のアセスメントなど、持続可能性を担保するための取り組みが継続的に進んでおり、新たな仕組みの導入が未来の計画や意思決定を支える先導的な事例となっています。矢巾町においてフューチャー・デザインが導入されるに至った経緯や、今後の町の展望についてはこちらの資料からも御覧になれます。
参考文献
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━━ Case:02
岩手県矢巾町/2017年度
本実践では、参加者全員が、現世代および仮想将来世代の両方の立場・視点を経験し、その後に最終的な意思決定を行うことにより、長期的な観点からの意思決定を実現する方法が採用されました。現在の多くのフューチャー・デザインでも、この手法が応用されています。具体的には、1回目は全員が現世代の視点から公共施設管理・町営住宅のプランに関する施策を検討し意思決定、2回目は仮想将来世代として同じ内容を検討し意思決定、3回目はどちらの視点でも良いが意思決定の理由と将来世代へのアドバイスを明示して最終的な意思決定する、という3ステップの方法です。この実践の結果からは、将来世代の視点を経験した参加者には、現世代および仮想将来世代の双方の視点を共有する上位視点が形成されていること(視点共有が生まれること)が明らかになっています。
矢巾町では2015年度、2017年度のフューチャー・デザインの実践経験を経て、2019年度には町の主要な行政計画である「総合計画」の策定において、全面的にフューチャー・デザイン応用され、住民が自ら総合計画の骨格を仮想将来世代の視点から議論しました。
参考文献
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━━ Case:03
大阪府吹田市環境部/2016-2017年度
吹田市は、2015年に試行的にフューチャー・デザインの考え方を取り入れた住民参加の議論を行うなど、矢巾町とともにフューチャー・デザインの導入を最も早くから進めた自治体の一つです。この実践事例では、市民参加の下で2050年のビジョンづくりと再生可能エネルギー導入についてのフューチャー・デザインを導入した議論が行われました。この実践では、将来世代の視点を取り入れる「仮想将来世代」と「バックキャスティング」と呼ばれる手法を組み合わせた、新たなアプローチが採用されました。本手法を用いた議論や意思決定の結果、吹田市における再生可能エネルギーの普及に関わる4つの未来社会(吹田市)ビジョンが描写されました。
また、描かれた社会像に応じてCO2排出量がどの程度になるのか、簡易に定量計算ができるツールも導入され、参加者がこれらの数値を見ながら社会像のあり様を具体的に議論して、施策を提案したことも本フューチャー・デザイン実践の特徴です。
参考文献
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━━ Case:04
経済産業省/2019年度
経済産業省の業務改革を検討する若手職員による、働き方改革や業務改善をテーマとしたフューチャー・デザインの実践が行われました。これは人事研修でフューチャー・デザインを知った若手職員の有志によって始まった実践です。現在の政策課題や、過去に実施された政策の評価・分析なども踏まえて、現世代および仮想将来世代の双方の視点でこれから取るべき施策について検討が行われました。この事例は、政府職員による、トライアルとしての最初のフューチャー・デザインの実践例と考えられます。
参考文献
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━━ Case:05
大阪府吹田市環境部/2019年度
本実践では、市の第3次環境基本計画策定の議論にフューチャー・デザインが応用されました。公募で選ばれた市民と市役所職員が6グループを形成し4回にわたる議論を行いました。現世代の視点および仮想将来世代の視点によって「2050年時点の吹田市の社会像」と「今後採用すべき政策オプション」が検討され、グループごとに最終的な施策案の意思決定や政策評価が行われました。この実践で提起されたアイデアや考え方および評価結果は、市の計画策定においても参照されています。
また、本実践から得られたデータからは、仮想将来世代の仕組みを導入することによって、個人特性としてのCritical thinking(批判的思考)の強弱に依らず、「将来への危機意識」「社会目標の共有意識」「現世代の責任意識」などの、将来世代への共感に関わる認知が高まりうることが示さています。
参考文献
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━━ Case:06
京都市/2019年度
本実践では、2050年の京都市カーボンニュートラルを目標として、公募で選ばれた市職員25名がチームとなって5回にわたる政策デザインのためのフューチャー・デザインを実施しました。市職員が仮想将来世代の立場から、2050年のカーボンニュートラルを実現した京都市の社会像および2030年までに実施すべき施策を提案し選択しました。本実践を通じて描かれた2050年社会像の一部は、行政計画の中にも反映されています。
実践結果に関するデータからは、仮想将来世代の視点で考察した場合は、社会変革につながる具体的な施策が広く提起されるとともに、参加した職員にも認知変化が見られました。例えば、京都市らしさの再評価や、社会全体にとって望ましいと思われる目標共有の意識の高まりが見られました。
なお、この実践では、2050年社会像を構成する様々な要素や施策間の関係性をシステム的に理解するために「因果ループ図」が使用され、フューチャー・デザインの中でシステム思考を導入する意義や効果も示唆されています。
参考文献
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━━ Case:07
大阪府吹田市水道部/2022年度、2024年度
上下水道を含む社会インフラの持続可能な維持管理は、国や自治体にとって重要かつ喫緊の課題となっています。吹田市水道部では職員の参加の下で、2050年の市水道のあり様を描き、次期ビジョンに向けた検討課題の抽出と取組の方向性を検討するフューチャー・デザインに取り組みました。特に、2050年ごろの市水道のあるべき姿や、これから求められる施策を将来世代の視点からデザインしました。本実践では、仮想将来世代の仕組みを導入することで、将来の問題に対する危機意識や、水道利用者の利用状況を考慮した施策の必要性等についての認識が増大し、政策の優先順位や施策の方向性も変化することが示されました。これらの結果も踏まえて、本研究拠点では、フューチャー・デザインを導入した持続可能なインフラの維持管理を評価するためのアセスメント手法の開拓も継続して進めています。
なお、本実践とは別個に、2022年度に吹田市水道部と大阪大学大学院工学研究科 原研究室との共同研究として、市内2000世帯(無作為抽出)へのアンケート調査を実施し、市民の意識調査を行いました。特に水道インフラの課題や対策の優先順位に関するに認識について、現在の視点から検討した場合と、仮想将来世代として検討した場合とで比較検証を行いました。その結果、仮想将来世代の視点で考察する場合、水道料金の値上げや水道事業の広域連携などに対する住民の認識が変化することも分かりました。将来世代の視点から考察することで、持続可能性(サステイナビリティ)がより認識されるようになったと示唆されます。
参考文献
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━━ Case:08
吹田市環境部/2022年度
吹田市環境政策室は、職員参加の下でフューチャー・デザインに基づく2050年のカーボンニュートラル実現のための政策立案の実践(研修)を行いました。現在の市職員の立場と2050年の仮想将来世代の立場のそれぞれで、2050年時点の吹田市の社会ビジョンを描写するとともに、2030年までに実施すべき施策の抽出と選択を行いました。仮想将来世代の立場で選択した施策は、現在の職員の立場で提案した内容とは内容や質に様々な変化が見られるなど、仮想将来世代の仕組み導入の効果が見られました。
また本実践を実施するにあたっては、再生可能エネルギー技術の普及シナリオ評価の情報も活用しました。まず研究者チームが、電気自動車(EV)や太陽光発電(PV)、V2Hなどの有望な技術が2030年、2050年に吹田市に普及した複数のシナリオを構築し、モデルによるシミュレーションを行うことで、コスト削減や二酸化炭素削減効果などの5つの指標について2050年までの技術普及の効果を評価しました。これらの情報や技術普及の未来予測に関する客観的データも踏まえて、カーボンニュートラル政策の検討が行われたことが本フューチャー・デザイン実践の一つの特徴です。
参考文献
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━━ Case:09
岩手県矢巾町/2023年度
公共政策分野において、行政計画を持続可能性や長期的観点の観点から評価し、計画の改善につなげる実践は重要課題となっています。フューチャー・デザインを応用し、現行の計画や政策が、将来世代に与える影響をより具体的かつ多角的に評価できる可能性があります。
矢巾町では、2023年8月から11月にかけて、フューチャー・デザインを応用し、都市計画マスタープランの改定に向けた評価と計画改善の実践を行いました。庁内の9課室から合計21名の職員が参加し、現世代2グループ、仮想将来世代2グループの4グループに分かれて、マスタープランを現世代および仮想将来世代の視点から評価しました。最初の3回で4グループが別個に都市計画マスタープランの評価と施策の提案を行い、最後の第4回目に現世代と仮想将来世代の1グループずつがペアを組み合意形成を行って、計画改善に向けた5つの具体的な施策を提案しました。この実践では特に、都市開発と農村地域との格差問題など、現在の視点からの検討では解決が困難なトレードオフ問題を中心的に議論し、現世代と将来世代の双方の視点を取り入れたアセスメントを実行したのが特徴です。
実践の結果、現世代グループと将来世代グループとの間では、都市計画上の課題の着眼点や課題設定、評価結果や施策案において差異が明確に見られました。特に仮想将来世代は2050年の矢巾町の未来社会像をより具体的に描写し、農村の人手不足の問題の潜在的リスクなど、矢巾町にとって本質的な課題に着目し、現行計画の評価と行う傾向がありました。
この取り組みは、フューチャー・デザインを行政計画のアセスメントに応用した初めての事例であり、長期的・持続可能性の観点から行政計画を評価する新しい手法を提起したものです。仮想将来世代の視点を取り入れた評価を行うことで、時間軸を明示的に取り込んだ行政計画のアセスメントと政策立案を実行するための新たな手法開拓にもつながると考えれます。
参考文献
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━━ Case:10
地方公共団体、企業、学術機関等/2023年度
2023年12月19日に開催された第19回「近畿地域エネルギー・温暖化対策推進会議」では、近畿地域の国の地方支分部局、 域内の地方公共団体、エネルギー関係者、大学・研究機関の関係者等が参加し、2050年カーボンニュートラルをテーマにフューチャー・デザインの考え方を応用した意見交換が行われました。2050年時点の社会状況とともに、ライフスタイルに関連して、個人あるいは組織として10年以内に実現すべき施策を、仮想将来世代の立場から検討しました。仮想将来世代の立場からは、エネルギー・温暖化対策関連の意見だけでなく、「技術の発展に伴う1日3時間労働の実現、余剰時間を使った環境保全活動の実施」など俯瞰的な視点から様々な意見が出されました。
2024年度からは、本推進会議の下に「フューチャー・デザイン分科会」が設置されました。この分科会では、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた様々な施策を、産学官の多様な主体が仮想将来世代の視点で一緒になって議論し提案する、初の試みです(詳細はCase:15を御覧ください)。
カーボンニュートラル社会の実現に向けては、多様なステークホルダーが連携し、今後取るべき施策や道筋について合意形成を図る必要があります。フューチャー・デザインによって将来世代の視点を取り込むことにより、多様な主体による議論や合意形成がより促進される可能性があり、関連の研究や実践が始まっています。
参考文献
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━━ Case:11
ホーチミン市工科大学/2017年度
2017年2月に、ホーチミン市工科大学において学生および研究者(教員)の47名が参加し、ホーチミン市の水環境問題の現状や将来の問題について検討を行いました。個人に対するアンケート調査の結果、現在の視点から将来を検討した場合と比べて、仮想将来世代として検討した場合には、参加者が重視する観点が、短期的な利益につながる施策から、人間の活動が地球環境問題に及ぼす影響などの長期的課題の解決に資する施策へとシフトする傾向が見られました。また、この実践事例からは、未来社会像の描き方によっても、仮想将来世代の導入効果が変化しうること示唆されています。
今後は、様々な国や地域、文化の下でのフューチャー・デザインの研究や実践がますます重要になってくると考えられます。
参考文献
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━━ Case:12
西宮市、尼崎市、豊中市、吹田市、経済産業省近畿経済産業局、環境省近畿地方環境事務所/ 2024年度
本実践は、4自治体(西宮市、尼崎市、豊中市、吹田市)と近畿地方の政府機関が連携し、2060年社会を見据えて、カーボンニュートラルおよび防災の統合的施策およびそのための広域連携戦略を検討するフューチャー・デザインです。これまで個別に議論されてきたカーボンニュートラル政策と防災政策を一体的に捉え、これらの統合的施策のあり方を議論していくことで、より効果的な政策立案につながる可能性があります。またカーボンニュートラルや防災など長期的政策課題に対処するためには自治体間連携を含む、広域連携戦略が今後ますます重要になると考えられます。本フューチャー・デザインは、これらのテーマについて参加機関の職員が、仮想将来世代の視点から検討する新たな取組となります。
日本および世界が多様な持続可能性問題や長期課題に直面する中、取組は、フューチャー・デザインの学術的知見を基に、組織間連携を見据えた持続可能な未来社会のあり方と、そのための政策を構想する先導的な事例となり得るものです。
参考文献
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━━ Case:13
水戸市/ 2024年度
本フューチャー・デザインでは、茨城県水戸市役所の22課室から集まった職員が、2060年を見据えて市の気候変動適応策・緩和策と、レジリエントな未来社会のあり様や都市計画について検討を進めています。本件は、気候変動適応策の研究を進めている茨城大学地球・地域環境共創機構(GLEC)とも連携して実施しており、適応策の導入に関わる費用便益や社会的受容性などに関する科学的知見や情報も踏まえて、2030年までに水戸市でとるべき施策の検討を進めています。
気候変動の進行が見込まれる中、都市部では、豪雨などの災害に備えた適応策の検討が今後は喫緊の課題になると考えられます。本実践では、河川周辺の防護と集団移転、コンパクトシティ化の具体方策など、長期的視点が必要となる政策立案や意思決定におけるトレードオフも踏まえた議論を現世代および仮想将来世代の視点から実施する点が特徴であり、都市部における気候変動適応策・緩和策に関するフューチャー・デザインの先導的な事例です。
参考文献
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━━ Case:14
兵庫県/ 2024年度
兵庫県では、「第5次兵庫県環境基本計画」の改定に向け、未来の社会のあり方とこれから県として取るべき対策・施策について広く議論を行う「ひょうご環境未来会議」を、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)の協力のもと開催しました。本会議は、大阪大学大学院工学研究科 原圭史郎研究室が学術支援を行い、フューチャー・デザインを導入した議論が行われました。
本会議は2024年6月に豊岡市、神戸市、姫路市の3会場で実施され、計67名が参加しましたが、参加者の7割強が高校生・大学生(県下の9高校および3大学からの参加)であったことも大きな特徴です。
参加者は、「脱炭素」「自然共生」「資源循環」の3テーマについて、3地域で全14グループに分かれて議論を行い、仮想将来世代の立場から2050年社会のあり様を描写するとともに2024年の世代が取るべき施策を提案しました。仮想将来世代の視点で検討した参加者からは、「人材育成や教育プログラムの実践」、「研究開発・技術開発の重要性」「政策を具現化していくための具体的な仕組み」の重要性が提起され、多くの具体的な施策・アドバイスが提示されました。
フューチャー・デザインの既往研究からは、将来世代の視点で考察や意思決定することによって、未来に関わる危機意識や社会目標の共有意識が高まること、社会変革へのインセンティブが高まること、が示唆されています。本フューチャー・デザイン実践においても、参加者からはこれらの特徴にも関わる発言や提言が観察されており、兵庫県の持続可能な未来のあり様を「自分事」として考え、共有する貴重な機会になったようです。
参考文献
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━━ Case:15
近畿地域エネルギー・温暖化対策推進会議「フューチャー・デザイン分科会」
/ 2024年度
近畿地域エネルギー・温暖化対策推進会議は、2024年度から「カーボンニュートラル実現に向けたフューチャー・デザイン分科会」を設置しました。政府の会議体において「フューチャー・デザイン」を目的とした分科会が初めて設置されたケースだと考えられます。この分科会では、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた様々な施策(アイデア)カタログを作るために、産学官の多様な主体が仮想将来世代の視点から、現世代の人たちが取り組むべき施策を議論しています。
本分科会には、政府機関、自治体、公的機関、研究機関、産業界など、22の機関・組織が参加しており(参加機関の詳細は下記参照)、フューチャー・デザインを政策に応用した議論を進めています。具体的には、参加者が、2050年の仮想将来人として、2050年時点での近畿圏の社会状況や、2024年時点から取り組むべき具体的施策を3回のワークショップを通じて検討しています。なお本分科会では、大阪大学 原圭史郎研究室が、フューチャー・デザインの理論的観点から技術協力を行っています。
本事例の特徴は、産学官の多様な主体が、それぞれの専門性や立場を生かしつつ、組織の枠組みを越えて、共通の社会目標であるカーボンニュートラル実現を見据えた「新たなイノベーションの方向性」を検討している点にあります。また、政府会議体において、多様なセクター(産学官)の参加によりフューチャー・デザインの考え方を応用して、施策や政策の具体的な検討が行われた初の実践事例と言えます。
【参考】カーボンニュートラル実現に向けたフューチャー・デザイン分科会参加機関
経済産業省近畿経済産業局、環境省近畿地方環境事務所、国土交通省近畿地方整備局
滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、大阪市、吹田市、神戸市
滋賀県地球温暖化防止活動推進センター、京都府地球温暖化防止活動推進センター
大阪府地球温暖化防止活動推進センター
(公財)地球環境産業技術研究機構
(公社)関西経済連合会、大阪商工会議所
関西電力(株)、大阪ガス(株)、パナソニックオペレーショナルエクセレンス(株)
パタゴニア日本支社、(株)アルタレーナ/Value way(株)
(株)メンバーズ(脱炭素DX研究所)
参考文献
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━━ Case:01
オルガノ株式会社(製造業)/2019-2021年度
本事例は、産業界での特に技術イノベーションや研究開発戦略にフューチャー・デザインを応用した初めての事例です。この実践は、大阪大学とオルガノ株式会社との共同研究の一環としてスタートしました。既存の技術シーズをマーケットに上市するだけではなく、将来世代の視点から研究開発戦略を検討することによって、新たなイノベーションの方向性をデザインすることが可能となります。
本実践では、水エンジニアリング会社であるオルガノ株式会社の研究開発センターを中心とした社員が、仮想将来世代の視点から研究開発戦略の方向性を検討しました。現在の視点から将来を考察して意思決定する場合と比較して、仮想将来世代の視点から考察することによって、R&Dを検討する際の判断基準が変化し、研究開発シーズと新たなイノベーションの方向性の探索が可能となることが示唆されています。
3年間の大阪大学との共同研究の後、フューチャー・デザインは、企業の人材育成および新事業創出の仕組みとして内部化されており、長期的観点から人材育成や、事業や技術開発のイノベーションの方向性のデザインのための取り組みが継続して進められています。
参考文献
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━━ Case:02
帝国イオン株式会社(製造業)/2020年度~2022年度
フューチャー・デザインは昨今、技術開発や事業継承の検討に対しても応用が進められています。本フューチャー・デザインでは、オンリーワンのめっき技術を持つ会社である帝国イオンの社員が仮想将来世代の視点から、会社の有する有望な特定技術の開発方針や事業方針、そして事業継承のあり方についても議論を行いました。仮想将来世代の視点から社員が提案した施策を多角的に評価する手法も取り入れることで、今後の技術シーズの応用展開の方針や事業戦略をデザインしました。また、このフューチャー・デザイン実践からは、参加した社員による、会社および会社の持つ技術の可能性に対する認識にも変化が生まれ、その変化がフューチャー・デザインの実践後も継続していることも確認されています。
参考文献
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━━ Case:03
メーカー/2020年度
長期的視点からの企業における事業提案や経営戦略の検討は、持続可能な経営や社会貢献という観点からも重要です。昨今、企業の新規事業提案において、フューチャー・デザインを導入することでどのような効果が得られるか、という検証も進められています。
本実践では、2040年の食に関する新規事業提案をテーマに、企業関係者による議論・意思決定の場にフューチャー・デザインを導入し、効果を検証しています。仮想将来世代の視点からの討議や意思決定では、現在の視点から検討した場合と比べて、顧客・キーパートナーをより重視するなど事業提案におけるステークホルダーの範囲の拡大が見られました。また、仮想将来世代の視点からの提案は、企業内の意思決定者にも評価されうることも分かりました。
参考文献
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━━ Case:04
産学官メンバー/2024年
京都市のカーボンニュートラル実現を産学官のメンバーで議論する「京都未来門会議(代表:東北大学小端拓郎 准教授)」では、2024年に京都市のカーボンニュートラル実現に向けた施策と今後すぐに取り組むべき具体的プロジェクトを検討するフューチャー・デザインを実施しました。フューチャー・デザインの学術知見を有する大阪大学の研究メンバー(原圭史郎教授、野間口大准教授)らが討議デザインを支援し、観光、交通、エネルギー、市民のライフスタイル、建物、緑地利用など様々な観点を俯瞰的にとらえ、2050年のカーボンニュートラルと都市魅力向上の両立を目指して2030年までに取り組むべき施策提案と、2050年までのロードマップ、そしてアクションプランを検討すべく、4回の討議をオンラインで実施しました。
参加メンバーは学(大阪大:フューチャー・デザインの討議デザインを担当、東北大、東大、国立環境研究所の研究者)、公的機関(京都市、京都市環境保全活動推進協会)、産業界(主に太陽光発電に関連する企業経営層)のメンバーであり、仮想将来世代の視点から、再エネ導入を主とした具体的なプロジェクト実施にむけた議論を行いました。
また、本実践では2050年までのロードマップのデザインにおいてシステム思考のツールである「因果ループ図」を導入し、具体的な施策の議論を行った点や、事業やアクションプランを明らかにする点も特徴です。仮想将来世代の視点を導入することによって、具体的な施策やプロジェクト形成を産学官の多様なステークホルダーで議論し意思決定していくことは、持続可能社会への転換を導く新たなイノベーションを創成していくうえでも今後ますます重要になると考えられます。
参考文献
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━━ Case:05
異業種企業9社、1自治体、大学(学生) / 2024年
NEC関西地域共創プログラムは、大阪大学工学研究科 原研究室との連携により、持続可能な未来社会のあり様とデジタルの役割に関する論点を議論するフューチャー・デザインを実施しました。本企画は、産業界の関係者がフューチャー・デザインについて学ぶという目的に加え、大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの講義「フューチャー・デザイン」の一環としても実施したものです。
同プログラムに参加する異業種企業9社の社員、1自治体の関係者および大阪大学の学部生・大学院生が参加し混合チームとなって、2050年未来社会のあり様とともに、「気候変動と災害」「ウェルビーイング」「ヘルスケア」の3課題に対処するため今後5年の内に取り組むべき施策、さらにはこれらの施策におけるデジタルの役割について、「仮想将来世代」の視点から検討しました。将来世代の視点から検討することにより、新規の施策提案や、今後考慮すべき課題やリスク、未来社会で共有されうる、新たな価値観への気づきなど、広く議論されました。
フューチャー・デザイン研究からは、将来世代の視点を共有することで、組織や立場の壁を越えた連携可能性や連携のモチベーションを高める可能性も示唆されていますが、本実践においては、異業種の企業と学生が共に、未来社会の可能性や課題を検討する、学びを超えた貴重な機会となりました。持続可能社会に向けて、新たな産業イノベーションの方向性をデザインすることは今後ますます重要になると考えられ、フューチャー・デザインがその基盤となる可能性があります。
参考文献
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━━ Case:01
異業種企業5社、大学/2022年度
国内の異業種大手企業5社の社員と大阪大学の学生(学部生、大学院生)が一緒になって議論し、グローバルリスクに対するレジリエンスおよびウェルビーイングや健康の維持が達成されている2050年社会のあり様や課題、ニーズを探索することを目的としたフューチャー・デザインを実施しました。本実践は、異業種企業および学生が共に未来社会の問題をフューチャー・デザインで検討した初のケースとなります。議論の結果から、仮想将来世代の視点で考察することで、現在の視点からの検討だけでは探索できなかった新たな課題・ニーズの発掘が可能であることが分かりました。これらの検討結果は、今後の研究開発戦略へのヒントとなるものです。
また、本実践ではシステム思考のツールである「因果ループ図」を活用して、課題群の因果関係を俯瞰的に整理し本質的課題の抽出を行いました。本事例からは、将来世代に共感をもった思考や意思決定につながるフューチャー・デザインとシステム思考(因果ループ図)の効果を両立させることが可能であることも示唆されており、未来社会の問題を議論し意思決定するための方法論や手法の開拓にもつながる示唆が得られました。
本実践では、企業関係者と学生(学部生、大学院生)が一緒に将来の課題やニーズを、仮想将来世代の視点から検討したところも大きな特徴です。立場が異なっても、将来の課題に対する議論を共有できるということが重要なポイントであり、本実践からは教育効果という観点からも様々な示唆が得られています。
参考文献
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━━ Case:02
大学・大学院/2019年度 -
大阪大学では、フューチャー・デザインの構想に携わるメンバーらが中心となって、2012年度の講義内で、電源構成やエネルギー技術の問題をテーマに、仮想将来世代の考え方を導入した初めての演習(議論)を実施しました。その後、フューチャー・デザインの研究も進み、2021年度からは、大阪大学大学院工学研究科において正規の講義「フューチャー・デザイン」(15コマ2単位)が開講されています。フューチャー・デザインが生まれた背景や基本的考え方(理論)、様々な課題領域への応用事例、グループ演習、矢巾町担当者など実践者による講演などフューチャー・デザインを体系的に学ぶプログラムとなっています。また、大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムにおいても2019年度より「フューチャー・デザイン」の講義(8コマ1単位)が開講されており、長期課題やサステイナビリティ問題の構造、持続可能な意思決定の考え方や理論、実践演習に至るまでフューチャー・デザインを体系的に学ぶプログラムを提供しています。例えば、23年度の超域イノベーション博士課程プログラムでは、様々な研究科から本プログラムに参加している大学院生が、2050年を見据えた林業・森林管理のあり方について仮想将来世代の視点から検討しました(下記写真)。
さらに、大学間連携プログラムも進めてきました。大阪大学、東京大学、京都大学、茨城大学、国連大学の大学間連携の下で開講している英語の集中講義「Frontiers of Sustainability Science」では、大学間をオンラインでつなぎ、留学生も一緒にフューチャー・デザインの考え方を活用した演習を行っています。2022年度、2023年度は、2050年のカーボンニュートラル実現に向けたフューチャー・デザインのグループ演習を行い、仮想将来世代の視点から、課題や施策を検討することの意義を学びました。2024年度は、国籍や専門性など多様案バックグラウンドの学生同士が、それぞれ将来省の立場から、カーボンニュートラル政策の提案と合意形成を行う演習を実施し、将来省として交渉・合意形成することの意義や効果を検討しました。演習の結果や参加者へのアンケートからは、将来世代の視点を取り入れることで、国や地域、文化など様々な違いを乗り越えて、合意形成の可能性が高まるとが示唆されています。
参考文献
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━━ Case:03
高等学校/2018年度-
どのような社会をこれから構築していくべきなのか? 持続可能な社会を導くためにはこれから何が求められるのか? このような問いについて皆で議論し、合意形成を図る力やリタラシーの涵養は大変重要になってきています。そして、これらの力を養うためには、早い段階から、未来社会のことを考える機会が必要だと考えられます。既存研究および実践から、フューチャー・デザインの実践は、人材育成や教育の側面でも効果があることが示されつつあります。特に新たな視点を獲得し、持続可能な意思決定や判断力を育てるうえでも効果が示唆されています。このことから、高校の授業や課外活動においても、防災や高校の未来のあり方など多様なテーマを取り上げ、フューチャー・デザインを活用した議論の機会が生まれています。
例えば、2018年8月には、徳島県阿南市の高校生・高専生ら52名が集まって、防災の問題をテーマとしたフューチャー・デザインの議論が行われました。また、大阪大学キャンパスでも高校生が集まってフューチャー・デザインで社会課題を議論する場が設けられています(下記写真)。大阪大学等の研究者らも支援する中で、このような高校の授業や課外活動の一環として様々な社会課題を将来世代の視点で考察する機会が生まれています。
(高校での実施例:岩手県不来方高校、大阪府立池田高校、大阪府立泉大津高校、徳島県富岡西高校ほか)
参考文献
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━━ Case:04
大学・大学院/2019年度、2020年度
フューチャー・デザインの既往研究からは、「仮想将来世代」の仕組みを導入することによって、長期的観点あるいは持続可能性の視点から、学術研究や技術イノベーションの新たな方向付けが可能となることが示唆されてきました。本課題に取り組むため、大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻界面制御工学領域のメンバー(教員、学生)が、同工学研究科原研究室と連携し、「水熱技術の社会実装(2019年、2020年)をテーマにフューチャー・デザインの実践に取り組みました。その結果、仮想将来世代の視点で描写する社会状況に応じて、対象とする技術の相対的な価値や社会実装の条件が変化することが分かりました。その結果として、技術イノベーションの新たな方向性を定義することが可能となることも分かりました。
参考文献
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━━ Case:05
大学・大学院/2022年度
カーボンニュートラル社会、持続可能な資源利用やサーキュラーエコノミーの実現は、国際的にも重要かつ喫緊の課題となっています。これらの社会目標に向けて、これから太陽光発電などの再生可能エネルギーや風力発電などの自然エネルギーを生み出すためのインフラストラクチャー、リチウムイオン電池に代表される大容量二次電池、高出力モーターを搭載する電気自動車の普及等が予想されます。またスマートシティ構想を支えるセンシング技術および情報処理技術の発展が必要であり、高性能デバイスの普及が一層進むと見込まれています。これらの実現を支える、様々なレアメタル資源の需要が増大し、資源供給が今後ますます重要になってきます。
このような背景の下、本実践では、仮想将来世代の仕組みを導入し、大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻界面制御工学領域のメンバー(教員、学生)参加のもとで、未来社会におけるレアメタルの需要供給問題の検討と、そこに向けた研究課題テーマを検討するための議論(ワークショップ)を実施し、今後必要となる研究開発や技術課題を検討しました。この実践においては、将来世代の視点から検討をすることによって、レアメタル需要供給に関する新たな研究開発戦略と技術イノベーションの方向性がデザインできる可能性が示されました。
参考文献
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